2007年11月15日

昔話など…専門学校〜社会人まで

高校を卒業してデザイン専門学校へ通う様になりました。
すると、同じクラスに元空手部が!!
すぐに仲良くなり、彼はその後少林寺拳法前橋道院へ入門。
メキメキと実力をアップさせると共に、無理な練習でメキメキと膝を壊していきましたとさ。

私はと言えば、前々から興味があった剛柔流の道場へ。
たまたまそこの師範が群馬県で戦後初めて沖縄から剛柔流を持ち込んだ先生で、古流の空手技術を伝承(まあここは諸説あるでしょうが私はそう教わりました)している先生でした。
現在70歳過ぎている事でしょう。

※諸説というのは、剛柔流と名前が付いている時点で古流とは言えないという話なのですが、師範は名目上では剛柔流の団体に入っているという事ですが、沖縄の古老に習っている点を考えるとご本人は剛柔流というより那覇手なのかなあ…とか。
あくまで私の推論に過ぎません。

当時バリバリ現役まっただ中の師範代が「この型のここの動きってどうやるんだか…」という雑談を聞いていて師範が。
「知らなかったのか?おう!!適当に突いてこいや!!」と言うのと同時に突いて来た師範代の突きを絡めとり、
首に喉輪〜そのまま肘を折る動作を見事に極め「こうやるんだ!!はっはっは」と楽しそうにしていたのを思い出します。

ここの棒術は短くて細い棒を使うのも思い出しました。
結構独特だったのかな?
他にもサイ、鎌、トンファなんかが得意だった様な気がします。

楽しかったのですが、当時の仕事が猛烈に忙しく不義理になったままです。

それからまた数年、転職した私はとうとう中国武術に巡り会います。
故伊藤聡先生の主催する「日本精武体育会」です。
ここは以前日記で紹介しました「霍元甲」老師の設立した団体で、
世界でもトップクラスの団体なのだと思いますが…はて?
私はそれこそぺーぺーで、
基本套路である「弾腿(字が合っているか不安)」をかじった程度でしたが、
転職するまでの期間楽しく練習させて頂きました。

それからトラックの運転手になった私はとにかく筋肉を付けました(汗
まず基礎体力だ!!と当時思っていたのでトレーニングと思い一生懸命仕事をしました。
仕事も慣れたあたりで腰をやってしまい退職。
現在の職に就くまで数ヶ月プー太郎をしていました…困ったもんですね。

そんなこんなで現在お世話になっているデザイン会社に入ってはや…何年だろう???
6〜7年前に会社で導入したインターネットのお陰で現在の日中武術交流協会を知りましたとさ。

ちゃんちゃん。


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この記事へのコメント
ということはその剛柔流の先生の型は他系とはことなるのか興味深いですが、剛柔オタの私にとっては見学してみたいところです。

沖縄の方でしょうか?
Posted by ジェット at 2007年11月18日 23:08
>>ジェットさん

そうです。
沖縄からパスポートを使って来たと仰ってましたよ。
後で道場の所在をお教えしましょうか?
Posted by 琥珀 at 2007年11月19日 09:31
 
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    コメント(2)