2008年03月31日
3月30日(日)合同練習会
昨日はうちの道場と、先生の友人で私もお世話になっているドンシンク・フィールさんが主催される「以武会友交流会」との合同練習が、高崎市箕郷町にあるさわやか交流館で行われました。
以武会友交流会の面々、黒い道着がグッドですね。

合同練習の予定だったのですが、先生が仕事の為に通背側の出席者は私と師弟まりねろ君だけでした。
なので交流会の練習に参加させて頂いた形になりますね(^_^;
頭を縫ったばかりのまりねろ君(^_^;

参加者は、通背側は上記の通り。
以武会友側は代表ドンさん(縮めまくっております(^_^;)、こちらの日記にも良くコメントして頂いていますOさん、そのOさんの舎弟である(勝手に決めていますが)Kさん、ドンシンクさんの生徒さんのTさん。
あと、お世話になっている炭団さんと、Oさんの知り合いで武術経験なしの新人さん。以上で行われました。






まずは身体を動かしてから、排打功を進化させたドンシンクさんのオリジナルの対打(対練)。
ドンシンクさんは様々な所で交流を行っていましてこの経験がこう言う所に生きているんだな…ってつくづく関心しました。(偉そうですね(^_^;)
この中で練習していた物は通背にも応用が利く物が多数ありました。
参考にさせて頂きたいと思います。
その他には三分組手、ミット打ち、蹴りなどをやりました。
三分組手は名前の通り、三分の力で動作が途切れないように行う組手でして、
初めは苦労しましたが楽しんで行える様になりました。
ミット打ちも蹴りも久々だったので息が上がりましたが、楽しかったです。

私はこの後私用で途中離脱。
最後に記念撮影をして頂きました。
あっ撮ってないや…
以武会友交流会の面々、黒い道着がグッドですね。
合同練習の予定だったのですが、先生が仕事の為に通背側の出席者は私と師弟まりねろ君だけでした。
なので交流会の練習に参加させて頂いた形になりますね(^_^;
頭を縫ったばかりのまりねろ君(^_^;
参加者は、通背側は上記の通り。
以武会友側は代表ドンさん(縮めまくっております(^_^;)、こちらの日記にも良くコメントして頂いていますOさん、そのOさんの舎弟である(勝手に決めていますが)Kさん、ドンシンクさんの生徒さんのTさん。
あと、お世話になっている炭団さんと、Oさんの知り合いで武術経験なしの新人さん。以上で行われました。
まずは身体を動かしてから、排打功を進化させたドンシンクさんのオリジナルの対打(対練)。
ドンシンクさんは様々な所で交流を行っていましてこの経験がこう言う所に生きているんだな…ってつくづく関心しました。(偉そうですね(^_^;)
この中で練習していた物は通背にも応用が利く物が多数ありました。
参考にさせて頂きたいと思います。
その他には三分組手、ミット打ち、蹴りなどをやりました。
三分組手は名前の通り、三分の力で動作が途切れないように行う組手でして、
初めは苦労しましたが楽しんで行える様になりました。
ミット打ちも蹴りも久々だったので息が上がりましたが、楽しかったです。
私はこの後私用で途中離脱。
最後に記念撮影をして頂きました。
あっ撮ってないや…
2008年03月19日
明日は講習会だそうです(行けません〜)
さて、明日は協会本部の講習会だそうです。
我家の様に、彼岸に親戚一同が集まるお宅はまだまだ多いと思います。
出来れば土日にして欲しいなぁ…と我が儘を言ってみたり…※独り言ですよ〜
今回は理論の講座に力を入れているとの事でしたので、是非行きたかったです
昔剛柔流空手の先生が「空手も陰陽で動いている、そこまで考えて練習しなさい。まぁ若い内は色々考える前にがんがん動けばいいんだけどな。がっはっは〜」と剛胆に仰っておられました。
難しい事は良く分からないよ…と思っていた私ですが35歳にさしかかり術理にもっと目を向けないと体力のある若い子に置いて行かれてしまうと考える様になりました(遅すぎ〜(^_^;)
それでも筋力って鍛えれば50歳でも60歳でも有る程度維持出来るらしいので、筋力維持も考えつつ偏らない練習をしたいです。
我家の様に、彼岸に親戚一同が集まるお宅はまだまだ多いと思います。
出来れば土日にして欲しいなぁ…と我が儘を言ってみたり…※独り言ですよ〜
今回は理論の講座に力を入れているとの事でしたので、是非行きたかったです
昔剛柔流空手の先生が「空手も陰陽で動いている、そこまで考えて練習しなさい。まぁ若い内は色々考える前にがんがん動けばいいんだけどな。がっはっは〜」と剛胆に仰っておられました。
難しい事は良く分からないよ…と思っていた私ですが35歳にさしかかり術理にもっと目を向けないと体力のある若い子に置いて行かれてしまうと考える様になりました(遅すぎ〜(^_^;)
それでも筋力って鍛えれば50歳でも60歳でも有る程度維持出来るらしいので、筋力維持も考えつつ偏らない練習をしたいです。
2008年03月15日
悪魔の花粉
皆様…本日は花粉が酷かったですね…(T_T)
私は午前中に花粉にやられました。
お陰で練習には行けず、夕方まで頭痛で寝込みました。
年々花粉が酷くなっている気がします。
なるべく薬には頼りたくないので、民間療法を研究したいと思います。
…まずはヨーグルトや甜茶など手を出しやすい所からですね。
私は午前中に花粉にやられました。
お陰で練習には行けず、夕方まで頭痛で寝込みました。
年々花粉が酷くなっている気がします。
なるべく薬には頼りたくないので、民間療法を研究したいと思います。
…まずはヨーグルトや甜茶など手を出しやすい所からですね。
2008年03月05日
危険な行為について、通背拳の視点より
他の方のブログに書き込んだ物を一部改変して流用しております。
お世話になっているドンシンクさんの師匠であるA先生から数年前にお伺いした話を一つ。
-------------------------------------------------------------------
A先生とおっしゃいますが、
先生が某流の空手家と交流をした時の事。
組手の途中、下段蹴りがA先生の下腹部に当たったそうです。
幸いにも金的からはズレ相手は「あっ」と言ったそうです。
(実はこれはズレたのではなく、門派特有の金的への防御技術があると聞かされました)
A先生は気を遣って「大丈夫、当たってないよ〜」と仰った後の相手の言葉。
「ちぇ、当たらなかったか」と舌打ちして笑ったそうです。
つまり相手は程度は分かりませんが、金的に当てるつもりで蹴りを放っていた事になります。
普段温厚なA先生でもこれには怒りがこみ上げたそうです。
その後相手はA先生に金的を蹴られて終了。
(ダメージ的には常識範囲での行為だと事をお忘れ無く)
自分の行為を深く反省する事に…
自分が故意に行った行為は人にやられても仕方がないという教訓として教えて頂きました。
だからそういう事は絶対にするべきでは無いという事でA先生のお話は締めとさせて頂きます。
-------------------------------------------------------------------
相手も金的を潰すような威力で放った蹴りではない…と私は当然考えます。
だからと言ってやっていいのか?…そんな事ありません。絶対に駄目です。
部位は違いますが、こういう事が先日交流会で実際に起きてしまいました。
私はその日、その場所にいなかったので後日お伺いしてショックを受けています。
武術は危険ですので、自らが相手に敬意を持って相対さないと、
相手を実験の道具の様に使ってしまう危険性があると思います。
甘く考えている人間はこれの延長で命に関わる怪我を誰かにさせてしまうと思います。
これを読んでいる貴方はどう思いますか?
「武術を行っている人間には得てしてあることだ」でしょうか?
「こんな危ない人間とは交流すべきではない」でしょうか?
「そもそも武術など現代社会には必要ない」こういう方もいらっしゃることでしょう。
ヒートアップして行う行為の延長上で怪我をする事もあるでしょう。
事実、実力的には中級以下の私ですら骨折や打撲なんて位は過去に数回経験しています。
(逆に考えれば未熟な私だから怪我が多いのかも知れませんが)
あくまで交流という名目の組手で目尻を欠かれ、鼻を折られた事もあります。
これは正直行き過ぎの行為をされたと今では思っておりますが…未熟な自分が受けられなかったのが悪いのと、実力ある方に普段出来ないガチな組手を経験させて頂いた事へのありがたさもあったので笑って不問にしました。
でも実際そんな事、自分が許せるからといって他人にしようなどとは私は考えません…
そんなの全然楽しくないですよ。
世の中には平気でそういう事を出来る人がいるんだと言う事を改めて考え、他派との交流では特に気を付けなければいけないと、心底反省しました。
もう一つはやはり「自分がやらないから」と言って人をそのまま信用するには、相手との信頼関係を築く時間が不可欠だ。
と言うことです。私はついついそこを甘く考えがちだったので特に反省しています。
ここで本題ですが、
通背拳には危険を孕んだ技が多いと思います。
というかそんな技ばかりでしょう。
五行掌だけでも急所を狙っている事が目に見えて分かる動きばかりです。
これを自流・他流へ使う場合の工夫も考えないといけません。
自流で相手へ怪我をさせる率がとても低いのは、その技への受けがきちんと完備しているからです。
これを「自流で普通に使っている技術だし、手加減すれば大丈夫」と思うのは短絡的でしょう。
一番良い工夫は、本道からずれない方法で安全に行うという事でしょう。
私はついつい、危ないからと言ってわざと本来狙わなくてはいけない部位を外して打ちますが、
これは下達への道なのだろうか?とも考えています。
打っても大丈夫・尚かつ相手に「やられた!!」と思わせる技の安全な使用方法を考えたいと思います。
以前の日記にも書きました通背拳の張安福先生は、散打の試合に出るために通背拳の技の中でもグローブを着けてもそのまま使える技を研究し、見事に優勝されたと昔の「武術(雑誌名)」に書いてありました。
これに関連して尊敬する我が門の大先輩に、これこれこういう技だったと一部を教えて頂きました。
本道からずれる事無く試合にも対応させるという行為を私は今まであまり考えていませんでした。
工夫を繰り返す事によって、現代風の散打になることは私も望みません。
折角とても参考になる前例が有ることですし、私も本道からは外れる事無く安全に行える交流というのを改めて考えたいと思います。
色々考えましたが、愛のある組手(これは太気拳の澤井先生のお言葉に出て来ます)を行う為には、相手への尊敬の念や、絶対なる自分への信念が必要では?と皆さんと考えて行きたいです。
お世話になっているドンシンクさんの師匠であるA先生から数年前にお伺いした話を一つ。
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A先生とおっしゃいますが、
先生が某流の空手家と交流をした時の事。
組手の途中、下段蹴りがA先生の下腹部に当たったそうです。
幸いにも金的からはズレ相手は「あっ」と言ったそうです。
(実はこれはズレたのではなく、門派特有の金的への防御技術があると聞かされました)
A先生は気を遣って「大丈夫、当たってないよ〜」と仰った後の相手の言葉。
「ちぇ、当たらなかったか」と舌打ちして笑ったそうです。
つまり相手は程度は分かりませんが、金的に当てるつもりで蹴りを放っていた事になります。
普段温厚なA先生でもこれには怒りがこみ上げたそうです。
その後相手はA先生に金的を蹴られて終了。
(ダメージ的には常識範囲での行為だと事をお忘れ無く)
自分の行為を深く反省する事に…
自分が故意に行った行為は人にやられても仕方がないという教訓として教えて頂きました。
だからそういう事は絶対にするべきでは無いという事でA先生のお話は締めとさせて頂きます。
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相手も金的を潰すような威力で放った蹴りではない…と私は当然考えます。
だからと言ってやっていいのか?…そんな事ありません。絶対に駄目です。
部位は違いますが、こういう事が先日交流会で実際に起きてしまいました。
私はその日、その場所にいなかったので後日お伺いしてショックを受けています。
武術は危険ですので、自らが相手に敬意を持って相対さないと、
相手を実験の道具の様に使ってしまう危険性があると思います。
甘く考えている人間はこれの延長で命に関わる怪我を誰かにさせてしまうと思います。
これを読んでいる貴方はどう思いますか?
「武術を行っている人間には得てしてあることだ」でしょうか?
「こんな危ない人間とは交流すべきではない」でしょうか?
「そもそも武術など現代社会には必要ない」こういう方もいらっしゃることでしょう。
ヒートアップして行う行為の延長上で怪我をする事もあるでしょう。
事実、実力的には中級以下の私ですら骨折や打撲なんて位は過去に数回経験しています。
(逆に考えれば未熟な私だから怪我が多いのかも知れませんが)
あくまで交流という名目の組手で目尻を欠かれ、鼻を折られた事もあります。
これは正直行き過ぎの行為をされたと今では思っておりますが…未熟な自分が受けられなかったのが悪いのと、実力ある方に普段出来ないガチな組手を経験させて頂いた事へのありがたさもあったので笑って不問にしました。
でも実際そんな事、自分が許せるからといって他人にしようなどとは私は考えません…
そんなの全然楽しくないですよ。
世の中には平気でそういう事を出来る人がいるんだと言う事を改めて考え、他派との交流では特に気を付けなければいけないと、心底反省しました。
もう一つはやはり「自分がやらないから」と言って人をそのまま信用するには、相手との信頼関係を築く時間が不可欠だ。
と言うことです。私はついついそこを甘く考えがちだったので特に反省しています。
ここで本題ですが、
通背拳には危険を孕んだ技が多いと思います。
というかそんな技ばかりでしょう。
五行掌だけでも急所を狙っている事が目に見えて分かる動きばかりです。
これを自流・他流へ使う場合の工夫も考えないといけません。
自流で相手へ怪我をさせる率がとても低いのは、その技への受けがきちんと完備しているからです。
これを「自流で普通に使っている技術だし、手加減すれば大丈夫」と思うのは短絡的でしょう。
一番良い工夫は、本道からずれない方法で安全に行うという事でしょう。
私はついつい、危ないからと言ってわざと本来狙わなくてはいけない部位を外して打ちますが、
これは下達への道なのだろうか?とも考えています。
打っても大丈夫・尚かつ相手に「やられた!!」と思わせる技の安全な使用方法を考えたいと思います。
以前の日記にも書きました通背拳の張安福先生は、散打の試合に出るために通背拳の技の中でもグローブを着けてもそのまま使える技を研究し、見事に優勝されたと昔の「武術(雑誌名)」に書いてありました。
これに関連して尊敬する我が門の大先輩に、これこれこういう技だったと一部を教えて頂きました。
本道からずれる事無く試合にも対応させるという行為を私は今まであまり考えていませんでした。
工夫を繰り返す事によって、現代風の散打になることは私も望みません。
折角とても参考になる前例が有ることですし、私も本道からは外れる事無く安全に行える交流というのを改めて考えたいと思います。
色々考えましたが、愛のある組手(これは太気拳の澤井先生のお言葉に出て来ます)を行う為には、相手への尊敬の念や、絶対なる自分への信念が必要では?と皆さんと考えて行きたいです。



